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Halenネタは一杯確保してるのでリクエストに答えるとしましょう。
ただメインのネタに入る前に当時のAoCの状況について語らないと分かりづらい。
AoCはエイジオブエンパイアIIの拡張版になるのだが、
オリジナルのAoKが発売されたのは、1999年の11月。
Microsoftの販売なので即座に日本語版もでており、
1の拡張であるRoRから、素直に操作の拡張と、文明バランス調整、
そしてリプレイ機能が追加されていたこともあって人気になった。*1
当時AoKが特に優れていたのは、内政型RTSとしての完成度もさることながら、
ネット対戦の簡易さと、標準の「場」を提供していた事にあると思う。
その場とは、現在は無くなってしまっているがMSNにあったZoneに他ならない。
AoKを起動してZoneに接続のボタンでIEから接続。
日本語専用の部屋が2つ有り、初期は確か200人MAXで後に300人に拡張されたが、
休日夜にはその二つともがMAXになってしまい、
なんとか入る為に連打しまくりという状況に遭遇した程の盛況さを見せた。
更にZoneだけではなく、RORの時はそのような場がなかった為、
IRCを用いた場がコミュニティとして作られていたが、
AoKとなって、こちらでも新たにチャンネルが作られていた。
初級・中級・上級者とパブリックなチャンネルが常に3つ又は4つ程あり、
そのどれもが300〜500人規模でJoinしていた人が居たほど。*2
更にポート解放されてない人用に、IGMと呼ばれた、
ゲーム専用の対戦補助ソフトで場を作って対戦していた人もいた。
最盛期は恐らく、日本人だけの、ネット対戦を行っている、
アクティブなユーザ数でも2千人単位はいたと思われる。
今日のように常時接続が当たり前ではなく、
当時の回線の殆どがアナログかISDNだった事、*3
更にテレホとよばれる夜11時以降の電話代が無料になるまでは、
課金されまくり状態だった事を考えると驚異的な数である。
つまり、過去から現在まで日本のRTSで
ダントツの成功を収めたのがAoCなのである。